私の在宅医療(第5回 しらかわクリニックの在宅医療)

私の在宅医療講演⑤

「しらかわクリニックの在宅」というのは、実は私がわがまま勝手にやってきたものであって”何でも有り”でやるよと。いろんな病院とか制度とかの制約を受けないでやるよとかけ声は勇ましいけれど、計画性もなく「動きながら考える」といういい加減なものです。そういう意味では職員さんや、訪問看護師さん、ケアマネージャーさん達に多大な犠牲を強いてきたものです。私が勝手なことをやるから、皆にそれをやってくれと押しつけて、犠牲を強いながらやって来たものです。一言で言うとそういうものだったと振り返っています。

5年以上経ちますけれど、勝手なことをやらせていただいて、ありがたかったと思っております。

あるスタッフに、『打ち上げ花火というのは、少し離れて見上げていたらきれいに見られるけれども、いざその真下に立ったら、熱いし、うるさいし、とんでもないわ』と言われたことがあります。うまく言ったものです。

実際にそうしながらやって来ました。これがいいか悪いか結論は出せません。やりたいことをやって来たことの総括でしかないのですが、そのためにはいろんな人に迷惑をかけて踏み台にしてやって来たという要素もあると。しかし、それだけでは終わりたくないので、ここでお話しさせていただきたいということで、(講演ではビデオを上映しながら)事例を紹介します。

認知症で、寝たきりの方です。手に持っておられるのは私の中学校の先輩が手作業で作ったマスコットです。毎回「ふたつくれ、みっつくれ」と言われて困っています。今の話で聞いていただくとわかると思いますが、この人はアルツハイマーというよりも症候性の認知症で高次脳機能障害があります。「くも膜下出血後」なんです。

ちょっと妄想がありまして、中国に歌を歌いに行っているんですね。だけどどこかでつじつまが合ってて、面白いでしょう。「三回行って、三回送ってもらって、三回ともここ(自宅のベッド)で寝ている」と言われます。

今いる現実の場所はわかっているんです。そして中国へ行っているというのも彼女の中のストーリーとしては真実なのです。妄想の世界に行っても知らない間に今の現実の場所に帰ってきているという、そういう形でつじつまが合っておりストーリーとしては整合性があります。時々、私も中国の舞台に立っているそうです。

もう一つの例です。この人は93、4歳かな。ところが明治20年代生まれのお父さんはまだ生きているんですよ、彼女の中では。京都の御所の隣に家があるといって、京都にしょっちゅう行って帰ってくるんです。本当は全然行っていないんですよ。訪問するたびに「京都に行っていて昨日戻ってきたところです」とあいさつされます。最初は「ゴミ屋敷」状態で、介護も拒否、医療も拒否していたのが、いろんな形で「押し売りケア」が入っていって、訪問看護が入り、ヘルパーさんが入り、現在は落ち着いて生活できています。しかし、そのストーリーは全然変わりません。多職種のサポートで、もう5年ぐらい元気でやっています。

何か状況の変化があると対応できず混乱を起こしまして、「風呂の工事をする」という連絡があって、いろいろと言われるとパニックになってしまって、いろんな所に電話しまくって親族の方が大変になるということです。その時は便失禁を起こしたりするのですが、普段は一人暮らし、独居で定時訪問のヘルパーさんがいるだけで何とか生活が成り立って、それなりに元気で、こぎれいにされています。

話だけを聞くと独居在宅は無理、入所誘導をとケアプランを勧められるのが関の山です。しかしまぁ、在宅も捨てたものではないなぁと考えさせられるのがこのケースです。多職種連携で、いろんなツボを押さえたケアができれば独居在宅が続けられるのです。

この人の場合もご家族の方もご相談にいらした時には、どちらかと言えば入所させたかったんですね。でも「入所させても介護拒否で暴れるだろうし、何かあるだろうな」ということで「いったん家で落ち着くまで待ちますか」ということになり、様子を見ているとけっこう落ち着いてきて在宅ができるような状態になりました。

「自分で買い物にも行っている」と作話はありますが、そういう作話で「自分で買い物ができる」というプライドを保ちヘルパー介護を受け入れたのです。今では結構、周りに世話されて、身だしなみもしっかりされて、ヘルパーさんが来ても受けいれてやっています。これも結局、いろいろと話をして、相手の話を聞いて様子を見ているだけでそれなりにうまくやっていけたんですね。

患者さんご家族の許可が取れれば、もっとご報告したいケースがたくさんあるのですが、これがそれぞれの物語があると角谷先生がおっしゃっていたことになるのかなと思います。一つのストーリーを持って生きておられる方は、結構元気でがんばれるかなということなんです。それぞれのストーリーに沿って、かかわる皆さんがあえて訂正を加えず、「正しさ」を無理強いすることなく対応してうまくいっているということですね。

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